町田まわるまわる図鑑 〜パリコレッ!芸術祭・アーティストインタビュー~ <キルト作家・つるた聰子さん>

開催:2020年9月2日(水)

<キルト作家・つるた聰子さん>

パリコレッ!芸術祭2020『赫き(かがやき)の記憶』は、町田が誇る女性作家が共演する二人展です。
時代裂キルト作家・つるた聰子さんと、現代美術家・黒岩まゆさんのお二人を迎え、ジャンル・世代を超えた共演がついに実現!今、最も注目すべき、ふたりの女性作家が紡ぐ「記憶」とは。
布で生み出される作品の数々、その表現とアーティスト自身の魅力に迫ります。
今回はキルト作家・つるた聰子さんにお話しを伺いました。

■ご出身はどちらですか?小さいころはどんなお子さんでしたか。
生まれは宮﨑 延岡市ですが、幼少期は信州へ疎開し、庄屋の祖父の元で過ごしました。祖父は芸術を嗜む人で、幼い私を蔵に連れて行っては、浮世絵や掛け軸や代々受け継いだ着物などを見せながら、色々な話をしてくれました。また小さい頃から好奇心がすごく旺盛で、時計を何個も解体したのを覚えています。
 
   
■音楽大学のピアノ科卒業と伺いましたが。
昭和30年代というのは、まだ女性が社会的に手に職をつけ自立というのが難しい時代でした。中学3年生の頃、女性でも自立した人生を歩みたいと強く思う出来事があり、ピアノの先生になる道を選びました。あまりに急な進路変更に周りはびっくりしていましたが、猛特訓の甲斐あって音楽大学の付属高校に入学でき、無事に大学へと進みました。もともと不器用なものですから、人よりも練習を重ねて、音楽学校時代はとても大変だったという思い出ですね。卒業後はピアノの先生になりましたが、結婚と共にピアノは続けるのが難しく、次第に離れた生活となりました。
 
   
■キルトとの出会いは?
30歳くらいの頃から、器が好きで骨董品屋によく通っていました。店先に汚れた古布が転がっていて、はじめはボロ布と思っていたのですが、次第にその美しさに魅せられて行きました。幼い頃、田舎でみた着物の記憶も蘇ってきて。骨董市から京都・奈良のお店へといろんなところで裂を集めましたね。それらの時代裂を生活の中に活かせないかと、こたつカバーや小物を作り始めたのが今の原点ですね。この美しい裂を更に生かすにはパッチワークが最適では無いかと思い、我流ではありますが始めました。ひとりの時間を楽しむように夢中になりました。

■使われている時代裂はどのくらいの古い物ですか。
私が使っている裂は幕末から昭和初期のものがメインです。すべてのキルト作品に時代裂を使用している人は、沢山いらっしゃるキルターの中でも本当に僅かな人に限られます。もともと日本には絹と麻しかなく、それが江戸初期になって、木綿が入ってきました。木綿が絹より高い時代もあったそうです。昔の人たちが宝物のように慈しんだ裂たちが、ご縁あってこうして私の手元に集まった。素材は私の宝物ですね。
 
   
■日本の時代裂のほかに世界各国の多彩な裂が積まれていますが、素材について教えてください。
日本の時代裂も然ることながら、ほかの素材も年月をかけて国内外からコレクションしてきました。インドネシア、タイ、ヨーロッパには美しく古い更紗なども沢山存在し、年に一度は買い付けの旅に行っていました。また、糸は一番キルト文化が発達していて色数の多いアメリカから、キルトの中に挟む綿はオーストラリアから個人輸入で取り寄せています。そのぐらい素材の光沢や風合いなど、ひとつずつのディティールにはこだわっています。

■キルトの小物から、今の様なアート作品に遷移したきっかけは?
時代裂のキルト小物を百貨店などで出店し始めた頃、ある織物メーカーのオーナーさんが時代裂を使用した作品をとても評価してくださり、初めての個展を開催しました。また、その方の紹介で茶道や能などの日本伝統芸能を学ぶ機会を頂き、何事もご縁に導かれるままに、ですね。ご縁に引きずられて“なにか”があったとき、チャンスがあったら臆せず飛び込む、それが私なのかな。探し探して求めていたわけじゃない、そういうこともすごくありがたいなと思います。

■つるたさんといえば“シルクロード”が浮かびますが、シルクロードをテーマにしたのはなぜですか?
40歳ごろからシルクロードをテーマにした大きい作品を作り始めておりました。
シルクロードなくして、キルトに使用されている裂は日本には渡ってこなかった、シルクロードはすべての文化を運んできました。仏教はさることながら、日本で茶道や華道の世界が栄えましたし、すべての原点といえます。全てのものが繋がっている、つまりシルクロードなくしては作れないのです。
 
   
■シルクロードにも、実際旅されたそうですが。
同じ頃、六本木のストライブハウス美術館にて「時代裂の創る絲繍之路」展を開催しました。それは大規模な個展で、ビルの地下1階から4階までを贅沢に使ってキルト作品を展示しました。個展は評判で、ヨーロッパ各地への巡回展等の機会に繋がりました。
この個展の話が決まった時、こちらの館長さんが “創造で作品を創るのではなく、実際にシルクロードを見てきなさい”と強く薦めてくださり、ギャラリーを申し込んで3日後にはシルクロードへ旅立つことになりました(笑)それで14日間かけ、実際にシルクロードを歩いたんです。
 
   
■シルクロードを歩いてみてなにを感じましたか?
人生観がひっくり返りましたね。すごかった!価値観も変わるし、いわゆるカルチャーショック。中国の西安(せいあん)からウルムチへは3時間半ジェット機で飛ぶのですが、永遠と砂漠が広がっていて、雄大な自然をみて自分の小ささを知りました。書物でよくあるような“人影はなく動物の死骸しかない”とまさしくその世界で、こんな大地があるのだと。当時の中国は外国人にだけ見せる開放地区が決まっており、生活地区より上等な場所でしたが、それでも病気になってあたり前なほど汚かったですね。砂漠のなかは風速20mですし、かなり過酷な旅でした。様々な文化に触れ、すべてがカルチャーショックでしたね!
 
   
■今回新作のテーマである風神・雷神との出会いはこの旅と伺いましたが。
中国の敦煌莫高窟(とんこうばっこうくつ)という、後ろにタクラマカン砂漠を控えた洞窟があります。修行僧たちはそこで岩窟を掘ってそのなかに仏教画を描き、一日中経典を読むという生活を何年何カ月とするわけです。莫高窟は敦煌研究員が案内してくれるのですが、わずか数点しか見ることができなくて。せっかく辿りついたので、他にも見たいとお願いしたら“specialだよ”って見せてくれたのが、風神・雷神の壁画だったわけです。初めて目の前でみた風神・雷神は、何千年も前のもので、その素朴さにとても驚きました。まず風神・雷神が仏教からきたのにびっくりしました。

■新作は俵屋宗達の風神雷神図が元と伺いましたが。
シルクロードの旅から5年程して、京都の三十三間堂で風神・雷神像を見ました。なんて素敵なのだろうと思いましたね。それから俵屋宗達(たわらやそうたつ)の風神・雷神を観たときに、あの三十三間堂の仏像をみて描いたと思ったら、とても感動しました。天才!すごいな~と思いました。
俵屋宗達の風神・雷神はユニークだと思いました。当時、天変地異で悩まされていた風や雷を、一瞬おどけたようなイラスト的なもので吹き飛ばしちゃおう!という。私には笑っているように見え、怖くない。まるで“神様に吹き飛ばしてもらおうよ”というような願いを込めて描いたのではないかしら。
いずれにせよ、余白の中の2体という図案が美しいですね。尾形光琳(おがたこうりん)は宗達の絵に薄紙をあてて描いたと言われますが、そっくりだけど違うものを描いている。
 
   
■新作はどのようにして制作したのですか?
まず、宗達の絵をマスに区画し、方眼紙に少しずつ模写していきました。ただし、黒いグラデーションの文様は、尾形光琳の光琳波(こうりんなみ)で表現しています。絹を染めて墨のように表現し、曲線を少しずつ縫い進めました。
ベースになる紅い裂は、紅絹(もみ)という紅花を揉んで染めた絹を使用しています。この紅絹がとてももろく、風が吹いたらぐにゃっとなり、まっすぐ切ることもできない程の柔らかい質感です。強度を持たせるために、布と布の間に入れる綿は、二重にしました。
ベースには青海波(せいがいは)という文様を一面入れています。青海波は日本に伝わる伝統的な文様で、絶えない波模様から縁起ものによく使われています。ミシンキルトは一筆描きのように縫っていきますから、とても大変でした。
この作品にはいろいろな試行錯誤がちりばめられていて、実は風神と雷神の目もとの作り方が違います。風神は雷神に比べると地味なので、目を力強く描きたくて、金の裂で作っています。それに対し雷神は、蜘蛛の糸のような細さの糸で、まるで刺繍の様にびっしりステッチを入れました。
雷神の服は、お坊さんの袈裟の裂を使用しており、バインディング(キルトの縁飾り)は明治時代の帯を使用しています。

■今回、風神雷神を紅い背景で作ったのはなぜですか?
紅は私のお気に入りの色です。ひきたつ色でもあるし、“たおやか”ですし。
前に日本人は色の識別能力が高く、日本の紅は13種類に識別でき、濁りのないちょうど真ん中の色が、月山(がっさん)のもみじが紅葉した色と伺いました。日本にはこうしたデリケートな色文化があり、こうした文化が廃れてゆくのは悲しいですね。
 
   
■風神雷神図という大作をつくってみていかがでしたか?
作っている時はつらいけど、無理だと思っていたことができると喜びにかわります。思い立ったらじっとしていられないですし、連鎖作用でイメージが次々と浮かんできて、作家はそういうものがないと、と思います。与えられた喜びといいますか。旅を繰り返すのも、イマジネーションを求めてだと思います。風神雷神はずっと恐れ多くて、不可能と思っていたモチーフですが、今回パリオさんから『赫き(かがやき)の記憶』というテーマをいただき、挑戦してみました。私にとっては、三十三間堂でみた風神雷神像と、俵屋宗達の風神雷神図が重なったときの感動がまさに“赫き(かがやき)の記憶”といえます。

■つるたさんというとハンドキルトをイメージされる方も多いかと思いますが、ミシンキルトはいつ頃から始めたのですか?
ミシンキルトは三年前より始めました。日本ではまだミシンよりも手が良いという風潮がありますが、ミシンキルトも違った大変さがあります。私が扱う時代裂はとてもデリケートですので、裂を山並みたぐり寄せる手縫いだと裂けてしまうことが多々あります。その点ミシンは平面で縫うので時代裂に向いていると思います。ただ、布がデリケートなので縫い直しが許されませんね。私はスイスのBERNINAというミシンを愛用しておりますが、電子的なミシンでなかなか扱うのが大変です。下書きなく一筆書きのようにキルティングしていきますから、一度布がよれてしまうと大変!布が変に動かないように滑り止めの手袋を使用しています。

■ミシンキルトとハンドキルト、それぞれの特徴を教えてください。
ミシンキルトは機械が動くので、思いがけず違う方向に進んでしまう事が多々あります。だからバランス感覚がとても大切です。しかし、自由にどんな方向にも動かせて、創作するようにオリジナリテイーなラインを出せるのが良い所です。それに対し、ハンドキルトは布と綿を固定させる本来の目的でキルトをするので、ある程度決められた範囲を直線や曲線で抑えていきます。アメリカではこの日本の刺し子のようなステッチが注目され“刺し子ミシン”が人気を呼んでいると聞きました。何を選ぶかは個人の好みであり、自分の表現したい手法を選ぶのが一番かと思います。

『天上天下』 / ハンドキルト

『彩雲』 / ミシンキルト

■キルトの良さを教えてください。
キルトは私のように時代裂にこだわらない限り、気に入った布で自由に表現できます。トラディショナルだったり、コンテンポラリーだったり。緻密に色を重ねる事は余りありませんが、絵のように多彩に表現する事も可能です。それに、本来の目的である小さな残り裂も再利用できると言う良さは、素晴らしいものだと思います。
 
   
■お部屋にアート作品が並びますが、好きなアーティストはどなたですか?
マルク・シャガールは好きで、南仏のシャガール美術館にもいきました。
またジョアン・ミロ、パウル・クレー、ワシリー・カンディンスキーなど抽象画家も好きですし、サンドロ・ボッティチェッリやギュスターヴ・モローなど古典的な画家も好きですね。日本画では上村松園も品があって好きです。こう並べるとバラバラですが、脈絡がないのが私だと思います。
 
   
■今回現代美術家・黒岩まゆさんとの二人展ですが、黒岩さんの印象を教えてください。
黒岩まゆさんとの出会いは、町田パリオで開催していた彼女のイベントの時です。
絵本作家・スズキコウジさんの世界に通ずるところがあり、それで話し掛けたのが始まりです。彼女の作品は、静と動、美しいものと醜いもの、そのアンビバレンツ(両価性)な心揺さぶられるものを大事にしていて、彼女の若さでしっかりとした世界観を持っているところがすごいと思いました。この世のものとは思えない、彼女に見える世界、でもそれは私に見える世界に共通していて、最近めずらしく同感した作家ですね。
使用している布も素敵で、聞けばカーテン屋さんの布だったり、日常にある素材だったり。私の作品は時代裂の力というのがありますから、身近な素材であれだけ表現できるというのはすごいと感心します。人形造形も独学とおっしゃるけど、重心のとり方も興味をもちました。“この人との繋がりを持ちたい”と初めて出会ったときに感じ、彼女が作った鳥モチーフのバッグを買いました。昨年、パリコレッ!芸術祭の彼女の個展で再会し、その際にご主人が初めて会った時の会話を覚えてくださっていて。ご夫婦のとてもよいコンビネーションと感じました。

■黒岩さんの新作とコラボレーションするキルト作品について、詳しく教えてください。
なるべく黒岩さんの作品の邪魔にならず、そして自分らしいものをと、藍の裂をベースにした作品を作りました。裂は幕末から明治にかけて、格のある裂をセレクトしました。突彫(つきぼり)や藍更紗など、珍品と呼ばれるものもあります。黒岩さんの作品が千手観音のモチーフなので、後ろに据える私の作品は曼荼羅をイメージして作りました。トラディショナルなキルトスタイル『ログキャビン』というパターンを使用しています。キルトはログキャビンではじまり、ログキャビンで終わるといわれるほど奥深いパターンです。時計まわりに回しながら縫い進めるのですが、模様が複雑なので、縫い進める工程や裂の裁断など、なかなか数学的な脳を必要としました。
 
   
■「赫きの記憶」展に向けて、一言お願いします。
私の作品はアブストラクト(抽象芸術)が多いのですが、観た人がどう感じたか生の声を聴けることが嬉しいです。皆様の気持ちと心で見て、自由に感じてほしいです。
そして、子どもや若い人にもぜひ観てほしいですね。今の時代、自分を臆せず表現しやすくなったと思います。短く鮮明に知らしめる時代といいますか。それを発展させていったらもっとおもしろくなると思います。女性ならではの視点も表現しやすい良い時代です。
キルト作家として今の世の中に感じることは、毎年個展をできる人は少ししかいなく、もっと発表する場とチャンスの場が増えたら良いですね。
自分は不器用だと思います。ただ努力する中で乗り越えてゆけると思うから、人の何倍も努力をします。たった一つのことが貴重な経験として心に残ると思いますから。
 
   
■最後に来場者の方へメッセージをお願いします。
思い出に彩られ歳月をめぐり流れて参りました ちりめん、木綿、麻、更紗の時代裂。 
縮緬の赤は日本の美の源。瓶覗(かめのぞき) 浅葱(あさぎ) 納戸(なんど) 縹(はなだ)といった木綿の藍は日本の生活の源です。人にも物にも深く捧げる愛情と誠意と根気がなければこの様に美しい物は生まれないでしょう。そんな時代裂で作った作品の数々が、皆様のお目に触れ「赫きの記憶の」一助になれば、幸いです。ご来場を心からお待ち申して居ります。

つるた聰子 プロフィール

町田市在住。大阪音楽大学ピアノ科卒業。1980年より時代裂によるキルトアートを始める。1988年頃、シルクロードをテーマにした作品、ヨーロッパ各都市の光と陰をテーマにした作品を発表。東京、大阪、金沢、松本等、各地で個展を開催。またヨーロッパ東欧など海外での個展も数多く手掛ける。2013年にはフランス・パリで開催されているJAPAN EXPOにも出展。2018年町田パリオにて開催した個展では10日間で1300人以上を動員。キルト日本展(2019)コンテンポラリー部門において銀賞受賞。現在、文部科学省認可学習フォーラムの国際キルトインストラクターとしても活躍中。
https://tsurutasatoko.com

パリコレッ!芸術祭2020
時代裂キルト作家・つるた聰子
× 現代美術家・黒岩まゆ
「赫きの記憶」

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日付:2020年10月17日(土)〜11月1日(日)
会場:町田パリオ4Fパリオフィールド
入場料:¥500(税込)