町田まわるまわる図鑑 〜パリコレッ!ギャラリー・アーティストインタビュー〜 <アーティスト:宮川千明>

開催:2026年3月14日(土)〜3月22日(日)

町田で月イチでアートが楽しめる「パリコレッ!ギャラリー」
第37弾は、町田に所在する版画工房カワラボ!第5期研究生
宮川千明さんの個展を開催します。

東京造形大学在学中に版画の技術を学んだ後、
版画工房カワラボ!で習得した「ウォータレス・リトグラフ」や
「シンナー転写」という技法を用いて制作活動をされている宮川さん。
版画の授業で見た「雁皮紙(がんぴし)」という紙との運命的な出会いから
「抜け殻」をテーマに制作を続けることになったそうです。

実は一番選ばないかもと思っていた版画の道に進んだきっかけや、
作品の要となる「雁皮紙」の魅力とは、
さらに今回の展示テーマ「均等に降る」に込めた想いなど
様々なお話をじっくりと伺いました。

⬛︎ 版画に興味を持ったのはいつからですか?

大学生のとき版画に興味を持ちました。東京造形大学の絵画専攻へ進学したのですが、油絵やテンペラ、版技法を体験して今後の進路を決めるプログラムがあり、そこで受講した版木のコラージュの授業が転機になりました。
それまで、美術系の高校で日本画を学んでいたのですが、進路を選択するタイミングで日本画を大学でも続けるのかどうかわからなくなってしまい、模索していたところ、造形大学の絵画専攻は2年生からコースが分岐することを知りました。日本画一本にまだ絞りたくない自分には合っているかもと思ったんです。最初は日本画をやりながら、幅広く絵画的なことを勉強しようというつもりで入学をしました。
そして1年次の授業内ワークショップで、先輩たちが使っていた版木を好きなように摺ってコラージュしていくという授業があり、どんどん作品が出来上がっていく工程が面白くて版画に興味を持ち始めたんです。実は、一番選ばないだろうと思っていたのが版画だったんですよね…(笑)版画コースは道具や作業スペースを共同で作業するので、自己管理ができるかなとか、テクニカルな分野なので自分には難しいと思っていましたが、作品作りの体験がすごく面白かったので、版画コースに進むことにしました。版画はどんな紙に摺るかを考えることが多いですが、日本画も和紙にこだわったり、紙の素材を考えるので、そこまでかけ離れていないなと思いました。
日本画の絵の具は砂から作られていて、重ね塗りすると層ができるんですが、色を重ね合わせていくという点でも、版画と日本画は少し近い部分があるような気がしています。

⬛︎ 宮川さんの版画の技法について教えてください。

大学では「シルクスクリーンプリント(*1)」をメインに制作をしていたのですが、その頃から現在も制作に使用しているような薄い素材の紙を用いて洋服にする作品を作り始めていたので、早々に平面的なシルクスクリーンの作品からは離れてしまいました。
大学卒業後は、版画工房カワラボ!(*2)の研究生時代に「ウォータレス・リトグラフ」という技法に出会い、今もその技法を使って制作しています。
ウォータレス・リトグラフというのは、通常のリトグラフと比較して、製版や摺りの工程がシンプルなリトグラフの技法(*4)の1つです。水と油の反発作用を利用する従来のリトグラフとは異なり、水の代わりにシリコンを使った製版方法になります。通常のリトグラフよりも、より簡易的にリトグラフが表現できる便利な方法なんです。
また、「シンナー転写」という技法があって、レーザーコピー機で摺りたい絵をカラー印刷して、印刷した紙の裏にティッシュで除光液をじんわりと染み込ませると絵と色が紙に転写される技法があるんです。この技法は摺りたい紙の制約がないので、様々な種類の紙に摺ることができて、私が使っている「雁皮紙(がんぴし)」とも相性が良く「ウォータレス・リトグラフ」の技法と合わせて使っています。

(*1)シルクスクリーンプリント:金枠や木枠にメッシュ状のスクリーンを貼り付けて、摺りたい絵を感光させて版を作成し、その上にインクを乗せてスキージーで伸ばし色を写す技法。布にも紙にも用いられる技法。
(*2)版画工房カワラボ!Kawalabo! Kawara Printmaking Laboratory, Inc.:河原正弘氏がオーナーを務める町田所在の版画工房。昭和の精米工場をリフォームし、総合版画工房として運営している。多くの主要な現代美術家、出版社、ギャラリーと協力し、ファインアートの版画を制作・出版の傍ら、オーナーの企画版画制作や版画出版などの活動を続けている。
(*3) 油分の入ったトナー:FAXのトナーに使用されている黒い粉。
(*4) リトグラフ:水と油の反発作用を利用した平版画の一種で、平らな石や金属板に油性の画材で描いた絵柄を印刷する技法。クレヨンや筆で直接描いたタッチやニュアンスを忠実に再現でき、絵画的な表現が可能な点が特徴。現代のオフセット印刷の原型にもなった。

▲宮川氏が使用しているウォータレス・リトグラフの版(上)と作品(下)

⬛︎ 版画工房カワラボ!ではどんな活動をされていたのですか。

カワラボ!での活動のきっかけは、進学しようとしていた大学院の試験に落ちてしまって…。4月からどうしようと思っていた矢先、大学の教授がカワラボ!の研究生募集のことを教えてくれたんです。カワラボ!主宰の河原さんとはご縁があり、造形大で「映像表現」という2年次の集中授業で非常勤講師をされていて、作品の講評をしていただいたことがありました。その当時すでにカワラボ!はあったのですが、そこまで詳しくは知らず。ただ、1年半も版画の工房を自分の制作で使用できるし、大学院でやろうとしていたことと変わらないなと思ったのがきっかけで申込みをしました。カワラボ!の工房は共有スペースなので、カワラボ!の仕事や、半年間だけ期間がかぶる先輩の研究生、社会人の傍ら制作を続ける人の作業を見ながら制作ができることは、なかなかない機会だったなと思います。
カワラボ!での制作活動を続けながら、人員が必要なときはアルバイトもしていたことがあり、町田の街は馴染み深い土地になりました。大学時代も乗り換え駅が町田だったので、なんでもある街!という印象です。

▲版画工房カワラボ!にある平版自動校正機(全自動の印刷機)で摺られたリトグラフ作品

⬛︎ 影響されたものはありますか?

特に映画や演劇の舞台芸術からは影響を受けているかもしれません。
見たときに「わっ!びっくり!」みたいな舞台芸術や一瞬の景色とかが好きです。
多分、非日常への憧れが強いのだと思います(笑)
美術監督として「キル・ビル」や「国宝」を手掛けられている種田陽平さんの著書「ホット・セット」を高校生の頃に読んで、映像の中だけの限定された空間の魅力に触れました。映画や舞台のセットは、その作品のためだけに作られ、上演や撮影が終われば解体されてしまう一時的な存在です。
その「その瞬間にしか存在しない」という性質に、強く惹かれます。
SF映画が好きで、映画に出てくる建築やアイテムにも憧れがあります。リメイク版「トータル・リコール(*5)」で透明な番傘が出てくるんですけど、それがビニールで作られた傘だったんです。映画の設定上のものだとは思うんですけど、その傘がバーっと並んでいる光景がカッコよくて印象的でした。また、「未来世紀ブラジル(*6)」や「不思議惑星キン・ザ・ザ(*7)」も、ストーリー以上にセットや小道具の記憶が残っていて好きな作品です。

(*5)トータル・リコール (2012年):1990年にアーノルド・シュワルツェネッガー主演で映画化されたこともある作品。SF作家フィリップ・K・ディックの小説をもとにコリン・ファレル主演でリメイクしたSFサスペンス・アクション映画。記憶が売買できる近未来を舞台に、自らに秘められた謎や巨大な陰謀に立ち向かう男の姿が描かれる。
(*6)未来世紀ブラジル (1985年):モンティ・パイソンのメンバーであるテリー・ギリアムが監督したSF作品。情報統制がなされた「20世紀のどこかの国」の暗黒社会を舞台としている。ジョージ・オーウェルのディストピア小説が、映画の一つの題材になっている。
(*7)不思議惑星キン・ザ・ザ (1986年):ゲオルギー・ダネリヤ監督によるソビエト連邦のディストピアコメディー・SF映画。135分のカラー映画である。ロシア人の間でカルト的人気を集め、ソ連全土で1570万人の驚異的な観客を動員した。

⬛︎ 「雁皮紙(がんぴし)」を用いて作品制作を始めようと思ったきっかけはなんでしょうか。素材の特色はどんなものでしょうか?

銅版で摺るときの技法で「雁皮摺り」というものがありまして、その技法を習ったときに「こんな薄い紙があるんだ!」というのを初めて知ったんですよ。技法の面白さよりも紙の薄さの方に夢中になってしまって(笑) 「雁皮紙(がんぴし)(*8)」は薄くて柔らかい紙なのにとても丈夫な素材です。水には弱いのですが、制作のときはあえて水に濡らして紙を裂いて、紙の繊維を出したりすることもあります。雁皮紙は素材としてとても魅力的だなと思っています。
束芋(たばいも)さんというアニメーションやイラストレーションを制作されている作家さんがいるのですが、その方がシンガポールの版画工房STPIとコラボレーションをされたとき、イラストを雁皮紙に摺って、それをレイヤーのように重ね合わせた作品が紹介されているのを見て、こういう使い方もあるんだなと雁皮紙の様々な使い方を知ることができました。

(*8)雁皮紙(がんぴし):ジンチョウゲ科の植物である「雁皮」の靭皮(皮)を原料とする、非常に滑らかで光沢のある薄手で強靭な高級和紙。繊維が細かく虫食いしにくいため、長期間の保存に優れ、平安時代から「紙の王」や「日本の羊皮紙」と称される。貴重な書写・美術・紙工芸用紙に使用されることが多い。

▲雁皮紙で作られた作品『handkerchief Ⅲ』

⬛︎ 雁皮紙(がんぴし)以外の紙での制作はどうですか?

自分で和紙を作る機会があって、そのときは牛乳パックを砕いたような丈夫な紙を漉いて、銅版でエンボス加工をしたこともありました。
紙の薄いとか分厚いとか、インクが印刷されずただの凹凸になってしまっている、というような表現が好きなんですよ。透明だったり跡がついているだけだとか、単純な好みとして好きなんです。紙の耳の部分や切りっぱなしの断面から出る紙の繊維など、紙の魅力はたくさんあるなと思います。

⬛︎衣服と同じ工程で縫製されているとのことですが、透けるほど薄い素材を縫い合わせるのはとても難しい技術だと思います。制作で苦労されていることはありますか。

雁皮紙(がんぴし)で縫うこと自体はそこまで難しいことではなくて、むしろこれならいける!という感じで制作をしていました。普通の紙で縫製すると真っ直ぐは縫えるのですが、縫った後に紙を開くとバリバリと縫い目が脆くなってしまいます。雁皮紙は柔らかい紙なので、ミシンで縫いやすく簡単にボロボロと破れないので優れているんです。衣服の形を作るときは布で作るのと全く同じ工程で型紙から作り始めます。
制作する上で難しいというよりかは、得手不得手なんですけど、型通りにやるとか測ってやるということは得意ではないので、ルールに則ってやるという基本的なところで苦労しているなと思うことはあります(笑)
服の形を作るには一定のルールを守らないと、それっぽく見えないのが一番残念な感じなので、苦手ながらもルールを踏んで実際に着られるぐらいのものにしたいという気持ちで制作しています。自分に向いていないことをやっているなということは感じていますね。
シャツは作りすぎて、作り方を暗記してしまいました!

⬛︎今回の展示タイトルは「均等に降る」ということですが、このタイトルを選ばれた理由を教えてください。

「均等に降る」が何を指しているかというと、「時間」のことを指しています。
感覚的な話ですが、時間は矢印に向かってどこかに進んでいるのではなく、雨のようにその場に降っているな、と最寄駅から自宅までの道を歩いているときにふと思ったことがあります。何千回と同じ道を歩いているけど、その間に勝手に歳を取っているなと。
そして、時間だけは均等に流れているということが私はすごく嬉しく感じていて、自分の中にある大切な価値観になっています。私の制作スタイルには結構ムラがあって、コンスタントにコツコツと制作を続けてきたタイプではないんです。長期的にバイトをしていたり、作品制作について何も考えない時間があるんですね。作品を生み出すことに対して、真面目さがないなと思うときがあるんですけど、誰にでも均等に時間が降っていると大きく捉えることで、悩みやコンプレックスを抱えていても、深く考えず今できることをしていこうと前向きな気持ちになれるんです。頑張らない理由も作れるというか(笑)
だから、今この瞬間が一番良いと思いたいんですよね。過去のものだけでは飽きてしまうと感じることがよくあります。今回の展示は新しい作品や初めての作業も多いので、時間や現在地に対する自分の感覚を含んだ「均等に降る」というタイトルを選びました。

⬛︎ 今回の展示のみどころを教えてください。

「抜け殻」という大きなコンセプトに沿って制作をしているのですが、展示ブースごとにテーマを分けて展示をしようと考えています。中でも焼き物の作品は今回初めての挑戦で、展示をするのも初めてです。立体や版画、ドローイングや空間のインスタレーションと幅広いジャンルの新作展示がメインになる予定です。
「抜け殻」をコンセプトに作品制作をはじめたのも、雁皮紙(がんぴし)のテクスチャーが有機的な脱皮の殻っぽいなと思ったのがきっかけでした。脱皮するという事象は時間の経過を表しています。人間の抜け殻であれば人の形で作るのが自然だと思うのですが、洋服や靴など人間が生活をする上で身につけている物を抜け殻として表現したほうが、見る人にとって個人の思い出や物語を感じ取れるような気がしたので、作品の題材として選んでいます。

⬛︎ 最後にご来場の方々へ一言お願いします。

とりとめのない日常のテーマであったり、わかりやすいモチーフ(洋服や靴など)の作品が展示されるので、
ふらっと立ち寄っても見やすい展示になるといいなと思っています。
自分が作品鑑賞をしているときに思うのですが、立ち止まってもいい時間ってすごくラッキーだなと思っていて、生活をしていると立ち止まってもいい時間を取れないことも多いですが、この展示ではそんなラッキーな時間を過ごしてもらえる空間になれば良いなと願っています。
パリオは駅からすごい近くて立ち寄りやすい場所にあるので、誰もが見やすい展示になるように頑張ります。ぜひ、来ていただけると嬉しいです!


宮川千明 プロフィール

2016年東京造形大学卒業。2016年版画工房カワラボ!第5期研究生。
脱ぎ捨てられた衣服の生々しい気配を「抜け殻」として捉え、そこに宿る生命の痕跡と不在の気配をテーマに制作している。かざすと向こう側が透けるほど薄い雁皮紙を用い、衣服と同じ工程で縫製する手法により、皮膜のような薄さと脆さの表現を試みている。 また時間の経過を主題に、色褪せ、皺、光の移ろいといった過去の瞬間が重なり合っていくプロセスをインスタレーション、ドローイング、アートブックで展開する。

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