町田まわるまわる図鑑 〜パリコレッ!ギャラリー・アーティストインタビュー〜 <アーティスト:おくまゆみ>

開催:2023年10月7日(土)〜15日(日)

町田で月イチでアートが楽しめる「パリコレッ!ギャラリー」。
第28弾は、イラストレーター・おくまゆみによるコラグラフ(紙版画)展を開催します。

自然や生命の慈しみといった、アニミズムの精神を作品に吹き込み、
物語性のあるモチーフで、鑑賞者にさまざまな想像力を与えます。
さまざまな作家キャリアの中で、コラグラフを始められた経緯や、
アニミズムをテーマとした作品作りを始めるきっかけとなった経験などをお伺いしました。

■おくさんはもともとデザイン事務所にお勤めだったということですが、アーティストに転向された経緯は何だったのでしょうか?

実は最初油絵をやっていたんです。小学生の頃に近所の絵画教室に通っていて、当時から油絵がやりたくてしょうがなかったんですけど、先生の方針で「中学生にならないとダメだ」と言われて、やらせてもらえなかったんですね。でも中学に上がるまでにその絵画教 室が閉校してしまって、どうしても油絵がやりたかったので、美術専攻がある高校に行って、それを叶えたような形ですね。

その後、広告系のデザイン事務所に入社して、それはそれで楽しかったんですけど、もともと油絵をやっていたから、ずっと「作品を作りたい」という想いがあって、さすがに両立はできないほどの激務だったので、自分のやりた いことをやろうと、思い切って仕事を辞めました。そして自分の作品を発表して模索していく生き方に変わっていきました。

続けていくうちに、毎年展示が決まるようにもなりましたし、そうやって繋がりができてここまできたという感じです。なので、自分のタッチ や作風はかなり変化してきています。そして、やっとしっくりくる技法(紙版画)に巡り合ったような気がしています。

■コラグラフ(*1)を始められたきっかけを教えてください。

作家活動を続けていく中で版画に興味が出てきて、いつかやりたいなと思っていたんですけど、たまたま町田の版画美術館で銅版画のワークショップがあることを知って、応募したことが始まりですね。そこで初めてエッチング(*2)の制作に触れて、とても楽しかった んです。そのワークショップは 1 回きりだったので、あとは自分で本を見ながら独学で学びました。とはいえ、機材や道具がなく、版画美術館の工房が時間貸しで使えたので、何度も通ってこつこつと制作をしていましたね。一通り色んな技法が試せる設備が揃ってい たので、すごくありがたかったです。

そうして銅版画の作品を作っていく中で、銅版画も好きだけど、もう少し自由度のある作品の方が自分には合っているなと思うようになりました。技法の枠に囚われない何かをずっと探していていた時に、小学生の娘が図工の時間 に作ったコラグラフの作品を持って帰ってきたんです。それがすごく良くて、「これだ!」と思いました。紙を切ったり、葉っぱとか紐をくっつけて、それを版にするという、すごく原始的というか、とても単純で、誰でもなんでも作れる版画技法ですよね。手触りや見た目にあたたかみもあるし、「このくらいのゆるさがいいな」と思いました。版画は、版を作ってしまえば何度も刷ることができるものが多いですが、コラグラフは版に耐久性があまりないので、ほぼ一版しか刷れないところが逆に魅力的で、偶然性が高くて面白かったんです。

そこから、牛乳パックだったりアルミホイルだったり、身近な素材を使って似たようなことから始めて、最終的に紙版画にたどり着きました。紙版画用の紙は表面がつるつるなので、好きだった銅版画のように引っ掻いて線を出したり、拭き取ったりもできるし、紙なので切ったり千切ったりもできるので自由度がとても高くて、すごく自分にフィットしたんです。「これは面白いものが作れる!」と思いましたね。

コラグラフを中心に作品を作り始めたのは実はここ数年の話なんですけど、プレス機をまだ買えなかった時期は、版画美術館の工房に通いながら、家では瓶の底でプレスしたり、スプーンの丸まっている部分で一生懸命擦ったりして、健気に頑張っていました(笑)。

(*1)コラグラフ:「コラージュ(貼る)」に由来する版画技法。葉・紙・紐・布など、あらゆる素材を貼り付けて版面を制作する。

(*2)エッチング:凹版画において、金属版を腐蝕させて製版する版画技法のひとつ。主に銅版画の制作において用いられる。

■アニミズム(*3)や物語をテーマにされている理由は何ですか?

実家が本屋だったので、本が好きだというのもあるし、1枚から物語を想像させる挿絵が好きなんです。見た人が想像を膨らませていけるような作品を作るのが楽しいし、面白いなと思っています。

大きなきっかけとしては、2010年に三重県の紀伊⻑島というところで、1ヶ月ほどアーティストインレジデンス(4*)に参加したんです。紀伊⻑島は熊野古道の参道がある場所のひとつで、滞在中に毎日違う峠に行って、鎌倉時代から変わらない石畳の景色だったり、参道にお地蔵さんが点在している様子を見たりして、畏怖の念というんですかね、少し怖さもあるけど、恐怖とはまた違う、言葉には言い表せないけど、感じるものがすごくありました。天狗の伝説だったり、そういう伝承が地域に当たり前に根付いていることもすごく新鮮でしたし、修験道がルーツの参道なので、険しい山道もあるんですけど、すごく神聖な空気を感じましたね。目には見えないけれど、確かに感じるものがありました。

レジデンスでは、滞在期間で制作した作品を最後に現地で個展として発表するんですけど、滞在中に得たインスピレーションで、その時は生花や紀伊⻑島の檜を鉋で薄く削ったものなどを使ったインスタレーション作品を制作しました。この経験が、アニミズムというテーマで制作を始める大きなきっかけになったと思います。昔から遺跡が好きで、モチーフとして描いていたりしたので、自分のルーツとしては自然だったのかもしれません。本で読んでいるだけではわからないものを、実際に行って体感したからこそ、湧き出てくる表現の幅がぐっと広がったなと感じます。“わからない”からこそ、興味が尽きないテーマだなと思いますね。

(*3)アニミズム:19世紀後半に提唱された、生物・無機物を問わず全てのものの中に魂が宿っているという考え方。ラテン語で「気息・霊魂・生命」などを意味する「アニマ」が由来。

(*4)アーティストインレジデンス:アーティストが一定期間、常時とは異なる文化環境にて滞在し、作品制作およびリサーチ活動を行うこと。またはアーティストの滞在制作を支援する事業のこと。

■描かれるモチーフもとても独特だなと感じますが、描写表現のこだわりはありますか?

単純に動物とか人物が好きなので、描きたくなっちゃいますね。幾何学模様だったり、抽象画っぽくはならないです。あとは水木しげる先生も好きなので、妖怪だったり精霊みたいな、生き物のようで少し違う、境界が曖昧なちょっと不思議なものを描きたくなります ね。それと植物はずっと循環して生き続けているのでとても神秘的です。

普段から、目に留まったもので「いいな」と思ったものをスマホで写真に撮ってストックしています。自分が好きだったり興味のあるものに対して、生活の中で常にアンテナを張っているような状態です。それは、色に関してもそうです。そしていざ作品を作るぞとな った時に、その画像のストックフォルダをざっと見て、「これとこれの組み合わせは面白いな」とか、その時の気分で決めちゃいます。このスマホの写真は財産みたいなものなので、なくなるとそれはもう大変です...。そうした中で、自然と架空の生物が出来上がっていくんですけど、ちょっと変な形にしたくなっちゃうんですよね(笑)。私は『世界ふしぎ発見!』(*5)や『世界ウルルン滞在記』(*6)だったり、雑誌の『ムー』(*7)が大好きで、そういう古代の浪漫だったりちょっと不気味なものを見聞きして育ったので、自然と「なにこれ?」というものに心惹かれます。そのままの形で作品を作ってもつまらないかなと思っちゃうんですよね。

色については、今は絵の具で色を付けている作品が多いんですけど、初期はモノクロだけでした。色を付け始めたのは、パネルに版を刷り始めた頃からで、モノクロだけだと自分が出したい印象が出ないなと思い、カラフルで楽しい感じにしたくなったんです。太陽や 月、植物や食べ物といった、色んなものの象徴となるモチーフを板に刷ったシリーズがあって、そのモチーフを表現するには色が必要で、そこから色がすごく楽しくなりました。実際に世界は色に溢れていますからね。こだわりの色というのはないんですけど、好きでよく使う色は、⻩色とかピンクとか水色とか、鮮やかな色が多くて、つい無意識で選んでしまっているかもしれませんね。あと、アーティストインレジデンスでメキシコに行ったこともあって、街中にカラフルな旗がたくさん架かっているんですよ。切り絵っぽいような単純化された形と色味がすごく好きで、そういった影響もあるかもしれません。

(*5)『世界ふしぎ発見』:1986年からTBS系列で放送されている教養クイズ番組。世界各地の歴史、風 土、文化などの「不思議、謎、ミステリー」について、現地取材のリポートをクイズやトーク形式で紹介 している。

(*6)『世界ウルルン滞在記』:1995年から2007年までTBS系列で放送されていた、紀行ドキュメンタリー番組。俳優やタレントがリポーターとなり海外でホームステイをし、様々な物事にチャレンジする様子をドキュメントとして放送していた。

(*7)『ムー』:1979年創刊の月刊オカルト情報誌。キャッチコピーは「世界の謎と不思議に挑戦するスーパーミステリーマガジン」。

■展示会に留まらず、ライブペイントやワークショップなど幅広く活動されていますが、創作活動におけるモチベーションは何ですか?

やりたい!と思ったらすぐやっちゃうんですよね(笑)。やりたいと思った時にやらないと、熱が冷めちゃうんですよ。だから、とりあえずやる。やりながら考えて、ダメだったらその時に考えますという感じです。なので、とにかく楽しいとか面白いっていうパッションを大切にしていますね。時間は有限ですから。

■町田の印象をお聞かせください。

やはり版画美術館ですね。工房に通っていたというところが大きいですけど、企画展もすごく面白いし、隣の芹ヶ谷公園も自然豊かなので、いつもセットで楽しみますね。街からちょっと離れるとああいう自然豊かなところがあるのが良いですね。あとは最寄りの画材 屋となると町田の世界堂なので、特にその2ヶ所は身近な存在です。

■今回はワークショップを開催していただきますが、お楽しみポイントなどありますか?

初めての方でも割と簡単にできるかなと思います。技法も単純なので、どの世代の方でも楽しんでもらえるんではないかと!それを、今回は紙じゃなくて板に刷るので、モノ感がすごく出るし、出来上がった作品が立派に見えます。そして色も付けるので、なおさら立 派に見えます!(笑)きっと皆さん、自分の想像を超えた良い作品ができると思うので、 是非楽しんでもらえたらと思います。

■来場者の皆様へ一言お願いします。

コラグラフは揃える道具もそこまで必要なく、身近なところからできるので、他の版画技法に比べると単純で誰でもできるので、入りやすい技法なんじゃないかなと思います。それに、偶然性を楽しめるので、今回の私の展示を見てもらえた後に、やってみたいなと思 ってくれる人がいてくれると嬉しいですね。是非、紙版画に触れてみて、よかったら皆さんやりましょう、楽しみましょう!

おくまゆみ プロフィール

1976年石川県生まれ。グラフィックデザイン事務所勤務を経て、2002年より制作活動開始。
個展、グループ展で発表を重ねる。アーティスト イン レジデンス(メキシコ、三重)にて滞在制作発表。
そのほかワークショップ、ライブペインティング、公開制作などを行う。
絵画、インスタレーション、立体、ZINEなど制作方法は多岐にわたり、作品は物語やアニミズムをテーマとしている。
手製絵本「はこ」(2020年)、「ピーナツぶたーさん」(YOMO)(2022年)など絵本作りにも力を入れている。

2009年 TAGBOAT AUTUMN AWARD 審査員特別賞(戸塚憲太郎賞)受賞
2009年 AMUSE ARTJAM グランプリ受賞
2011年 大和市文化芸術未来賞 受賞
2022年 第225回ザ・チョイス 入選
2022年 ザ・チョイス年度賞 入賞
2023年 ペーターズギャラリーコンペ2023 佐藤直樹賞 次点

パリコレッ!ギャラリー vol.28
おくまゆみ「目をとじて3秒」

パリコレッ!ギャラリー第28弾は、おくまゆみによるコラグラフ(紙版画)展を開催。
言葉では表現できない、生命の神秘や自然への慈しみを、
物語性のあるモチーフで表現するおくまゆみ氏によるコラグラフ作品展。
豊かで伸びやかな心象風景をお楽しみください。

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