町田まわるまわる図鑑 〜パリコレッ!ギャラリー・アーティストインタビュー~ <アーティスト:安部寿紗さん>

開催:2021年4月12日(月)

町田で月イチでアートが楽しめる「パリコレッ!ギャラリー」。
第8弾は横浜市在住のアーティスト:安部寿紗(あべかずさ)さんです。
安部さんが制作されている「お米にまつわる作品」について、
過去作品のお話も伺いながら、今回の展示について伺いました。

■「お米にまつわる作品」の制作を始めたきっかけを教えてください。
元々絵を描くことや物語をつくることが好きで、ずっと絵本を制作していました。だんだんと、自分の絵柄と書きたい物語がマッチしていないような気がして、徐々に絵ではない表現方法で、何か物語を表すことが出来ないかなと考えていました。

ある時、休耕田(きゅうこうでん)(*1)をどんどん開拓していき、田んぼを耕しやすく整える農作業をお手伝いしたことがありました。自分よりも背の高い茨みたいなものが生えている荒地をかきわけて、刈り取った草をどんどん積み上げていった時に、なんだか「向こうの山の続きを、今、私は作っている!」というような神聖な感覚になったんです。そこから、農作業に興味が湧いて、田植えや草刈りを少しずつお手伝いするようになりました。

実家に帰っていた時、農作業体験がとても楽しかったことをふと思い出して、バケツに籾種(もみだね)を植えたら田んぼが作れるんじゃないか、と思い付きました。13個のバケツを用意して籾種を一粒ずつ植えたのですが、自分の想像以上にめちゃくちゃお米が実り、あまりにも実ったので何粒あるのか数えてみたら二千粒以上あって!それがすごく驚きで、「一粒の力はすごい」と、感動しました。
私はそれまで、永遠に続くものなんてない、永遠なんて信じられないと思っていました。お米の一粒の中に、永遠を感じられるようになったんです。そこから、永遠に感じる数を体験してみようと思って、粘土でお米粒を模したものを作りました。それが一番最初に制作した「お米にまつわる作品」です。その感動に動かされて、今日まで制作を続けています。

今も、お米を育てながら制作を続けています。アトリエの近くに「日の出湧水」という湧き水があり、その水を使って毎年お米を育てています。米の名前は「日の出湧介(ひのでゆうすけ)」くん。今住んでいる場所は日当たりがあまり良くなく、実るお米も少ない年もあるのですが、やはり育てること自体が楽しくて、実が実らなくても気付かせてくれることはたくさんありますね。我が子を育てるような気持ちで育てています。
*1休耕田(きゅうこうでん)とは…耕していない田畑。 農業生産に利用しておらず、休耕している状態の田のこと。

 
 
■安部さんの過去制作されてきた作品についてお聞かせください。

「お米絨毯」樹脂粘土、布(2008)

お米絨毯は、粘土でお米粒を模して作ったものを布に貼り付けた作品です。田植えのように整然と、一列一列丁寧に貼り付けています。「田植えは何故一列ずつ綺麗に植えられているのだろう?」と考えていた時期に制作した作品です。その理由は諸説あるのですが、私は日本人の生真面目さが関係しているんじゃないかな、と思っています。また、ある一説によると、地主がその土地で働く農民たちを真面目に働かせるための役割があったのではないかという話もあります。曲がった植え方だと「駄農だ」と言われ、村八分に合う。その恐怖心から、農民は真面目に働き、社会が統制されていった…という説です。そんな少し暗いイメージを含ませつつ、お米絨毯は、真っ白な布に真っ白なお米が整然と大量に並ぶ、少し狂気じみた感じに作ったんです。
ところがある時、展示会で何故この作品を制作したのかを説明していたら、お客さんから、「僕は、風の通り道だからだと思う」と言われ、ハッとしました。確かに、田んぼの中を歩いている時は、風が通り抜ける気持ち良さがあるなと思って。それを聞いて、田んぼの中を歩く感覚を鑑賞者にも体験してもらえればと思い、「うね-風の通る道-」という、実際に鑑賞者が絨毯の上を歩ける作品を制作しました。

「うね-風の通る道-」樹脂粘土、布(2011)

「real(1/37)」 紙、インクジェットプリント、線香(2018)

「real(1/37)」は、紙をお線香の火でお米粒の形に焼いています。この技法を私は「野焼(のやき)」と呼んでいて、和歌山県で開催された「Happy maker in 高野山2009」という芸術祭に参加した時から作り始めました。農作業の中に野焼と呼ばれる作業があり、そこから名付けました。一般的には田畑で雑草や稲わらを燃やすことを言いますが、私は焼畑農業における野焼に関心があります。焼畑農業における野焼は、森林を焼いて土地を耕し、灰を養分として使います。数年間同じ場所で作農し、養分が少なくなったら別の場所へ移動し、森林を焼きます。前に焼いた森林はその間にまた木々が育つ…という永遠に続いていく循環です。
「野焼」の技法にたどり着いたきっかけは、高野山で「宝来(ほうらい)」という縁起物の制作を学んだことからです。宝来とは、1,200年ほど前に空海が唐で習得して、伝授した縁起物の切り絵のことです。標高が高いため、稲作が出来ず藁が取れない高野山で、しめ縄の代わりに宝来を作り始めたそうです。私は高野山で宝来の技法を学び、お米粒の形に紙を切り抜いた「お米宝来」を制作しました。

「お米宝来」

一粒一粒、手で切り抜いていたのですが、手が腱鞘炎になってしまって(笑)もっと効率良く、お米粒の形を大量に切り抜けないかなと思い、見つけたのが線香の火でした。線香の火でお米粒の形に焼いてみたらとてもしっくりきて。そこから線香を使って「野焼」の制作を始めました。後に聞いた話なのですが、線香の香りは、亡くなった方にとっての食べ物なんだそうです。それを聞いて、お米粒の形に切り抜くというのは、なんだか意味のある行為だなと思いました。

「お米もじ五十音順表」(2007)

お米文字は、稲作文明やお米の歴史を象徴する文字を作りたいと思い、2007年に制作しました。白い粒がお米、黒いお米が籾種(もみだね)を表していて、その二つを組み合わせて作れるシンプルな象形文字にしました。文字は、ハングルの構成をヒントに作っていますね。ハングルの文字は、母音と子音を組み合わせて一文字が構成されています。お米文字も、例えば「き」の文字は「い」を表す粒と「か行」を表す粒が組み合わさることによって「き」になります。
お米文字を使った作品としては、これまでお米文字を使って写経を行ったり、昨年参加したアートフェス「黄金町バザール」では、チベットで魔除けと祈りの旗として使われているルンタ(*2)を制作しました。

「お米もじルンタ」(2020)

また、参加者に好きな言葉をお米文字で書いてもらうワークショップやイベントも定期的に開催しています。今回の展示では、お米文字で写経を実演するイベントも行います。
*2ルンタとは…チベットの五色の祈祷旗。経文や絵が書かれており、風になびくたびに読経したのと同じ功徳を得られるとされている。
 
   
   
■安部さんはキャプションの文章も特徴的ですが、どこからインスピレーションを受けていますか。


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「与願」
あなたの願いを叶えましょう、と差し出される手のひらが
きれいで
きれいで申し訳なくなる
きたないわたしの感情を
わたしのせいだとあなたは言わない

たくさん間違えたわたしを
何度も何度も
何度も許す

やさしくしないことをやめてくれてありがとう
生きやすくなりました
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私は仏教や神道、聖書の物語が好きです。「与願」は仏教からヒントを得て書いたものです。仏像は、手のポーズに一つ一つ名前と意味があります。その中の一つ「与願印」は手のひらを差し出すようなポーズです。これは「あなたの願いを叶えましょう」という意味があります。「与願」を書いていた時期は、野焼の作業でうまくいかない日常や感情を煙に乗せて空に届ける、成仏させるイメージで制作していたと思います。
また、宗教になると、宇宙とか、神の世界とか、かなりスケールが広い話になるので、途方も無い数を表す言葉が多く出てきます。仏教は、出てくる言葉が特に好きで、綺麗で独特なんです。例えば「ガンジス川の砂粒の如く」とか…なんだかお米の途方も無い数の力と通ずるところがあるな、と思いましたね。
意外と、私たちが普段使っている言葉でも仏教からきているワードが多いんですよね。例えば「金輪際(こんりんざい)」とか。日常でよく使う言葉ですが、調べてみるとスケールがでかすぎて面白いです(笑)。

■今は横浜で制作をされていらっしゃるそうですが。
横浜に来たきっかけは、ずっと西日本にいたので、東に行きたい!という単純な理由から(笑)2019年から、横浜市中区黄金町のアーティスト・イン・レジデンス(*3)に入居しています。レジデンスにはたくさん面白い人がいて、交流がとても楽しいです。
*3アーティスト・イン・レジデンスとは…芸術制作を行うアーティストが一定期間ある土地に滞在し、作品制作を行う活動、またそれらを支援する制度のこと。

■横浜で好きなスポットはありますか?
黄金町で好きなお店は「珈琲山」という喫茶店です。店主のこだわりが見えるお店ですね。店内ではずっとテクノが流れていて、落ち着く空間です。何時間でもいれる心地よさで、珈琲山でやる仕事はとても捗ります!また、最近では珍しくなった煙草が吸える喫茶店なので、喫煙者の天国ですね。

■町田で気になるスポットはありますか?
ずっと高原書店が気になっていたのですが、閉店されたと聞いてとてもショックでした。仲見世商店街のディープさや、リスが好きなのでリス園が気になっています!まだまだ詳しくないので、おすすめの場所を教えていただけると嬉しいですね。

■今回の展示についてお聞かせください。
野焼の新作28点とテキストに加え、過去作品も展示する予定です。以前まではインスタレーション(*4)の展示だったのですが、今回は作品1点1点を見せるような展示にしたいと思っています。野焼の新作は家族の写真を紙にプリントしたものを使っていて、一粒一粒お米の形に焼いていく作業が、家族に対して永遠を願う気持ちや届いてほしい願いを届ける儀式のようなものだな、と感じています。また、テキストはこれまで少ない時間で読めるようなものを展示することが多かったのですが、今回は遠慮せず、日々日常の中で感じたことをテーマに長編を書きました。是非、ご覧いただけると嬉しいです。
*4インスタレーションとは…展示空間を含めて全体を作品とし、見ている観客がその「場」にいて体験できる芸術作品のこと。

安部寿紗 プロフィール

横浜市在住。2007年よりお米を主題とした作品制作を始める。
その圧倒的な数の力に驚きを覚え、
以降、お米にまつわる伝承や生態に自分の内面を投影させた作品を制作している。

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パリコレッ!ギャラリーvol.8
安部寿紗「偶然の賜物(たまもの)」

町田パリオがオススメする
アーティストの月イチアート展シリーズ第8弾!

お米の持つ性質や一粒の籾種(もみだね)から千粒以上ものお米が実る数の力に圧倒されて、以降、お米をテーマにインスタレーションやパフォーマンスを制作する安部寿紗の新作作品展を開催。これまでの「事」にこだわったインスタレーション、パフォーマンスの制作とは違う、何のジャンルにも束ねられることのない「物」としての作品を展示する。会期中には、稲作文明の象徴として制作した「お米文字」で作家が写経を実演します。

日付:2021年4月14日(水)〜21日(水)
時間:11:00−18:00
※最終日は16:00まで
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